世界には23,000種ほどの魚類が存在するという。その中でもナマズ類は、2400種以上を占める大グループで、それぞれ形態や生態が異なる。実は鑑賞魚としても人気が高い。食用にされるナマズにも何種類かあり、日本でよく知られるのは二ホンナマズだが、国内でナマズを食用としている地域は埼玉、千葉、群馬、茨城、栃木、岐阜が主な県。ナマズを用いた郷土料理も全国各地にちらほらとあるにはあるが、正直、新鮮な海水魚が容易に手に入る広島では、ほとんどなじみがない魚だ。ところが、ここ東広島黒瀬町でナマズの陸上養殖の取り組みが始まった。二ホンナマズと異なる「ヒレナマズ」という品種で、初めてみたときは、そのグロテスクな風貌に、ちょっと抵抗を感じてしまうかもしれないが、その味わいは驚くほど、印象的である。養殖をする上で、病気にも強く、成長速度が速く、且つ美味しいという条件を満たしたのがヒレナマズだったという。
この取り組みを始めたのは有限会社室中産業。本業は鉄工所だが、新規事業としてバナナ栽培などの農業とウナギやナマズの養殖という水産事業を立ち上げている。一見、異業種に見えるが、将来的には養殖で排出される硝酸態窒素を含む水を農業に再利用し、窒素の効果的な循環を目指している。
同社の水産事業部の部長、嘉原玄明さんは、心底、このヒレナマズに惚れこんでいる様子だ。2年前までインドネシアにいて、ヒレナマズに出合い、その味わいに驚いたという。川魚には特有の臭みがあるものだが、このヒレナマズには全く臭みはなかった。ナマズはその淡泊な身の味わいから、ウナギの蒲焼きの代用品として利用されるが、ここで育った「にゃまず」に関しては、単純にウナギの代用品にしてもらいたくない。一般の方にも刺身やフライ、シンプルな味付けの唐揚げなど、おなじみの家庭的な料理で味わってもらうと、淡泊ながらもその身自体に、味わいがあることを感じてもらえるだろう。淡泊な身質は、油脂との相性が良いので、ぜひフレンチやイタリアンのシェフにも試していただきたい。筒切りだとかなり身に厚みがあるので、背開きにしてフィレ状にカットすると良い。ウナギと同様、かなりぬめりはあるので、目打ちで固定したほうが、刃をきれいに入れることができる。
同社は、2年前にインドネシアから稚魚を入れ、自社内で人工種苗に成功。現在はふ化から出荷までを一貫して行うことができる。ウナギはふ化からの養殖は難しいため、現在でも稚魚から育てるのが一般的。それでも最低7か月の養殖期間が必要で、病気になる確率も高い。一方のにゃまずは、ふ化してから出荷までが約半年で可能。一度に1万個の卵を生み、病気にもなりにくい。特に同社のように「閉鎖循環型陸上養殖」と言われる方法では、水質の管理を徹底することで、病気になるリスクはほとんどなくなり、投薬も不要となる。もともと海水魚と異なり、ヒスタミンや毒素、食中毒細菌のリスクも小さい。事実、例えば米国へ輸出する場合、魚は通常FDAのHACCP管轄だが、ナマズだけは例外的にUSDA農務省管轄となっている。
個人的には、にゃまずへの信頼度の高さは、嘉原さんの確かな知識と経験に基づいた指導の下、安全で持続的な取り組みを可能にしているところを見せて頂いたことに因る。将来的には、一般の方への販売を前提とした小売店での取り扱いにも十分対応できるポテンシャルの高い食材だと思う。
現在は、このにゃまずをフライにしてバンズに挟んだ「フィッシュバーガー」が人気。本当は「にゃまずバーガー」として売り出したいが、売る方もちょっと勇気が出ないらしい。にゃまずの名は、ナマズの英語名「キャットフィッシュ」が由来だそう。キャット(猫)のにゃん! その名のイメージ通り、とても人懐っこいにゃまず、本当に美味しい魚である。
文/平山友美
料理/平山友美(にゃまずのバインミー風サンド)